新潟県新潟市(旧西蒲原郡 巻町)

 JR新潟駅から越後線に乗り南へ。しばらくすると、車窓にはコシヒカリを産む穀倉地帯が広がり、巻町に着くまでの40分間この景色が延々と続くことになる。
 新潟県新潟市 (旧 西蒲原(にしかんばら)郡巻町)は、面積76Km2で人口は3万500人。80年代に入って新潟市のベッドタウン化が進み、第三次産業に従事する町外からの転入者、つまり新住民が増えている。町内には五つの小学校と二つの中学校がある。

 巻駅から西へ8キロほど行くと広大な日本海に出る。海の向こうには佐渡島。そして、夕日ラインと名付けられた南北に延びる海岸線の一画に角海浜(かくみはま)がある。この角海浜は太平洋戦争後過疎化が進み、55年に巻町に編入される。そして、原発計画が明らかになった69年には、集落の居住者が8世帯13人にまで減少していた。

 東北電力は71年の5月に「巻原子力発電所建設計画」を正式に公表し、これを受けて巻町議会は77年12月に「原発建設同意」を決議し、80年の12月には町長が「同意」を表明した。しかし一部建設予定地(町有地含む)の買収が難航したために、翌年になって国の安全審査は中断した。

 安全審査が中断してからの10年間、巻原発建設をめぐる動きはほぼ停止していた。しかし、93年になって動きが出る。「原発凍結」を公約して90年8月に町長に再選された佐藤莞爾(かんじ)だったが、三選をかけた町長選挙前の3月議会でこう言った。「三選を果たしたら(原発凍結方針を解除し)巻町に世界一の原発をつくりたい」

 そういう流れのなかで、94年8月7日に町長選挙が実施されたが、結果は、佐藤莞爾が9006票、村松治夫が6245票、相坂功が4382票となり、佐藤が勝利を収めて三選を果たす。これにより東北電力への「町有地売却」が一気に現実性を帯びてきた。

 

 田畑護人(たはたもりひと)は巻町で酒屋を営んでいる。客筋は個人のほかに建設会社や居酒屋、飲食店など範囲が広い。保守系の政治家やその後援者とも関わりがあり、旧来の言い方で表現するなら彼は体制派・保守陣営の人に違いなかった。しかし、田畑もまた佐藤莞爾の政策転換に驚いて彼を支持しなくなった一人で、町長選挙では原発慎重派の村松治夫に投票した。選挙が終わって2週間が過ぎた8月下旬、彼は店にやって来た友人の大橋四郎にこう言った。
 「町民の半数以上は絶対に原発を嫌がっている。ここに暮らしてりゃそんなことはわかるさ。今度の選挙だって、村松(原発慎重)、相坂(原発反対)の取った票の合計が1500票以上も莞爾を上回ってるし、莞爾に投票した人の中にも原発については反対だと考えてる人が大勢いるはずだ。それなのに原発がつくられてしまう。こりゃ、どう考えてもおかしな話だで」

 そして9月2日の夕刻、大橋四郎、笹口孝明(当社・専務取締役)、菊池誠ら数人の町民が田畑の店に集まった。来訪者はみんな、ほぼ同じ考えを持っていた。つまり、このまま放っておけば、近い将来必ず町に原発がつくられることになる。町民がそれを求めているのなら黙ってもいるが、町民の多数意思に反してつくるのは絶対に許さないということだ。
 「まず、これが民意なんだというものを示さんとな」
 「民意をはっきりさせるためには住民投票が一番いい。やれんもんかなあ」
 「町長も議会も、やれば反対票が多くなると思って絶対にやらんよ」
 「じゃあ、自分らでやるか。自主管理でやろう」
 「だけど、そんなことやって法的に問題にならんか」
それでは専門家に訊いてみようということで、田畑と大橋が、巻町に住む弁護士・高島民雄の家に足を運んだ。高島は反原発派の活動家として知られていた。いわく、「自主管理の住民投票なんて自分にはまったくない発想でした。この町に根を張って生きている商売人のみなさんがそういうことを言い出されたということで、頭をがつんと殴られたみたいな衝撃を受けましたよね」

 もちろん、法的に問題があるはずはない。田畑や笹口らは10日後の9月12日の夜、町内の居酒屋で顔を合わす。集まった7人は、自主管理の住民投票を実行することを決め、本気だということを町民や町長・議員、そしてマスコミに示すために、すぐさま事務所を開設することにした。こうして、94年10月19日「巻原発・住民投票を実行する会」(略称、実行する会)が発足する。

 

 「実行する会」の事務所で催された記者会見の席上、代表となった笹口孝明はこう語った。
 「原発には賛否それぞれの立場、考え方があっていいと思いますし、私たち「実行する会」は、住民投票で町民の意思を確認するという一点に絞って活動したいと考えています」

 「実行する会」の発表した「趣意書」によれば、「巻原発が建設されるか否かは、巻町にとって、又、巻町住民にとって、将来、決定的に重大な事柄であり」、だからこそ、「民主主義の原点に立ち返り、主権者である住民の意思を確認すべく、住民投票を行う必要がある」としたうえで、具体的には次の二点の活動を進めるとした。
1.町当局に対し、巻原発の賛否を問う住民投票の実施を求める。
2.町当局がこれを実施しない場合には、町民の総意を結集して、町民自主管理による住民投票を実行する。

 合計34人にのぼる幹事の居住区は巻町全域にわたり、代表の笹口をはじめほとんどの人が、それまでに政治活動や反原発運動にかかわったことがない「ニューフェイス」だった。したがって、原発建設をめぐって長年にわたり対峙している推進、反対の両派とも「実行する会」の真意が理解できず、彼らへの警戒を強めたり距離を置こうとしていた。

 11月2日、笹口、田畑ら「実行する会」のメンバーは町役場へ足を運び、佐藤町長に対して住民投票の実施を申し入れた。同時に、もし町がやらないのなら自主管理でやるということを述べ、その際には投票場の確保や立会人の派遣、選挙用具の貸し出しなどの協力を頼むと要望した。

 1週間後、町長は次のように回答する。
1.町には住民投票条例がないので実施できない。
2.町が行なわない以上、立会人の派遣など公費による費用援助に該当することはできない。

 要するに、実施しないし自主管理投票に協力もしないということだが、これは「実行する会」にとっては予想通りの答え。回答を受けた日の夜、記者団を前に、菊池誠幹事長は気負うことなくさらりと言った。
 「町当局が実施しないというのであれば町民自身の手で実施するほかはありません。私たちは町民のみなさまとともに、巻原発の住民投票を実施することをここに宣言します」

 

 この頃、東北電力は佐藤町長に対して建設予定地内の町有地の売却を非公式に打診していた。町長が町有地を売ってしまわないうちに明白な民意を示さないと手遅れになる。「実行する会」が、自主管理でもいいから速やかに住民投票をやろうと考えた大きな理由がここにあった。

 一方、佐藤町長は「実行する会」の動きに苛立ち、取材に訪れた記者たちに向かってこう言った。
 「こういうことがね、許されるんであれば、議会もね、町長もいらないということでしょ。革命的行為じゃないですか。‥‥ルール違反だからね。正規の民主主義の道から外れているものだから。行政としては一切タッチできないわけだし、まあ町民が自主的にやる分についてはね、勝手におやんなさいよと。結果についても、私どもいっさいノータッチですからね」
また、町当局は体育館の投票所としての使用を拒むなど、地方自治法を侵してまで住民投票を妨害。原発推進派は、賛否どちらに投票するかではなく投票に参加すること自体が「反原発・反体制」なんだという警告を町の隅々まで発していた。

 

 厳正に行なわれた自主管理投票は95年2月5日の午後6時に投票が締め切られ、同日夜、速やかに開票が行なわれた。

 投票総数は1万378票(これは有権者総数の45.4%にあたる)
 「建設反対」9854票(全投票の95%)
 「建設賛成」474票(全投票の5%)

 建設反対票が「9006票」を上回ったということで、「原発建設については、先の町長選挙を通して住民から同意を得ている」という推進派の主張が、説得力を弱めることになった。

 開票から4日後の2月9日、「実行する会」の面々は佐藤町長に会って「これだけの結果が出たんだから、町有地は売却しないということを明言して下さい」と申し入れた。これに対して町長は、
 「すでに町議選や町長選で民意は出ているし、今回の住民投票に法的根拠はなく結果には拘束されない」と突っぱねる。その一方で、佐藤町長は翌日、東北電力からの「町有地売却」の申し入れを正式に受けた。

 そしてついに佐藤町長は、2月20日に臨時議会を招集すると言明した。原発推進派は「町有地売却」を議会で承認し、一気にケリをつけようとしたのだ。

 

 臨時議会の招集が伝わるや反原発六団体で構成する「連絡会」はすばやく行動を開始。2月20日「連絡会」の面々が午前9時過ぎに役場の中へ入りこむ。何時間か膠着状態が続いた後、「連絡会」の何人かが勢いよく町長室へ入っていき、町長の傍らに座るなりこう言った。
 「あんた誰のために町長やってるんだね。東北電力のために町長やってるのかね」
 「いや、違いますよ」
蚊の鳴くような声で答える町長に向かって
 「町民のためにやってるんでしょ。だったら町民が何考えているかわかるでしょ。なんで町有地を東北電力に売ろうとしてるんだ」
 「町にとって不要な土地だからです」と町長。
 「だったら俺に売ってくれよ。東北電力じゃなくてもいいだろ、あの土地は俺が買うよ」
そして、多くの町民が見守るなか、夕方5時になって議長は臨時議会の流会を決める。

 佐藤町長は「町有地売却」をいったん引っ込めるしかなかった。

 

 この場は乗り切ったものの、議会で多数を占めない限り、近いうちに町有地を売られてしまうと考えた「実行する会」や「連絡会」は、2ヶ月後に行なわれる町会議員選挙(定数22)に協同して参戦することを決意した。(反原発派の候補者は「(条例制定に基づく)住民投票を実施して原発建設を止めましょう」)「実行する会」の候補者は原発建設の是非は住民投票で決めましょう」と訴えた。住民投票を実施すべきか否かがこの選挙での最大の争点となった。

 蓋を開けてみると、住民投票派から立候補した三人の女性候補がトップ3で当選するなど、多くの町民が清新な素人候補に投票。住民投票反対の現職5人が落選し、12議席を獲得した住民投票実施派が議会の多数を占めた。

 選挙の結果、住民投票の実施をめぐる議会勢力は、選挙前の5対17から12対10に逆転。6月議会での住民投票条例の制定は間違いないと思われた。

 ところが、条例の制定を公約して当選した坂下志、梨本國平の両議員が、ひと月と経たないうちに公約を反故(ほご)にして条例制定派から離脱する。坂下は「条例制定には賛成する」という約束をし、念書まで取り交わして「実行する会」が推薦した候補だった。こうして、議会勢力は10対12に再逆転し、改選前同様、原発推進派が多数を占めることになった。

 町議会から2ヵ月が経過した6月26日、「巻町における原子力発電所建設についての住民投票に関する条例」案が巻町議会の本会議において無記名投票で採決されることになった。

 議会の勢力は、条例制定賛成派が10人、反対派が12人だが、反対派から議長を出しているので、「賛成が10票、反対は11票で否決」になると誰もが信じていた。ところが、開票してみると「11対10の賛成多数で可決」となった。条例反対派の議員の一人が誤って「賛成票」を投じたのだ。思いもよらぬ結果になり条例制定派は大喜び。一方、佐藤町長は苦笑いだったが、彼にはまだ余裕があった。町長の拒否権といえる「再議」を発動して採決をやり直せば、まちがいなくこの条例を葬り去ることができるからだ。

 だが、原発推進派は意外な手を使った。それは「条例改変の直接請求」。原発推進派の住民が町長に条例の改変を請求し、議会がこの案を可決するという策で、町長はこれに賛成の意見書を添えて議会に付議し、議会はこれを10月3日に可決した。

 それでは、どこをどう改変したのか。
(改変前)「住民投票は、本条例の施行の日から90日以内に、これを実施するものとする」
(改変後)住民投票は、町長が議会の同意を得て実施するものとする」
この改変により、巻町の住民投票条例は、事実上、住民投票をやらないための条例に変質した。

 合法的とはいえ、町長や原発推進派議員の姑息(こそく)ともいえるやり口に、多くの町民は怒りを募らせた。そして、推進派の町民の中からも「住民投票で決めればいいのに、町長はおかしいよ」という声が上がり始める。だが佐藤町長の頑固な姿勢は変わらず、町有地の売却は町長の権限で行うことができ、住民投票を実施する必要はないという発言を繰り返した。もはや、12月議会において「条例廃止、町有地売却」が提案され決議されるのは決定的となった。

 

 こうした状況を受け「実行する会」は10月28日、「住民投票を実現し、巻町に真の民主主義を確立するために」と町長リコールを宣言。「連絡会」との連携を強めながら1026人の受任者(署名収集人)を確保して、リコールに賛同する有権者の署名集めを開始した。

 結局、有権者の3分の1をはるかに上回る1万231人の署名が集まり、佐藤町長は「解職投票」に持ちこむことなく辞職した。

 翌96年1月21日に出直し町長選挙が行われたが、原発推進派は候補を立てられなかった。

 一方、「実行する会」や「連絡会」は一致して笹口孝明を推し、立候補した彼が諸派の一候補を大差で破って当選を果たす。当選が決まった夜、笹口は記者団や支持者を前に雄叫びを上げるようにこう言った。
 「住民投票はかならずやります。絶対にやります」

 

 「反対票が1票でも多かったら町有地は東北電力に売らない」と言い切っていた笹口町長だったが、賛成票の方が多かったらどうするのかについては明言を避けていた。しかし「賛成票が多ければ町有地を東北電力に売る」と言い切るべきだという意見が告示前になって台頭してきた。一方、反原発グループなどから「売る」とは言わずに「安全面に留意して検討する」といった言葉に止めてもらいたいという要望があった。決断を迫られることになった笹口は仲間たちと相談を重ねる。「実行する会」の田畑護人はこう話す。
 「私は、反原発グループの方々に『賛成票が多ければ町有地を東北電力に売ると言い切った方が反対票が増えますよ』と申し上げたんです。ここを曖昧にして『売る』と言わないとどうなるか。賛成票の方が多くったって町長は町有地を売らないんだから、投票に行かなくてもいいと考える人が増えることになる。だから、『原発をつくるのかつくらないのかは、実際に町民であるあなたたちが決めるんですよ、投票結果のとおりに決まるんですよ』ということを、はっきりさせといた方がいいと思いましたね」

 笹口町長はこうした助言も参考にして「巻町民へのメッセージ」を記し、7月25日の告示日にこれを全戸配布した。

 こうして、いよいよ運命の日、8月4日を迎えることになった。

巻町民へのメッセージ
巻町民のみなさんへ
 本日、巻原発の建設について、町民の賛否を問う『住民投票』を、平成8年8月4日に実施することを告示致しました。
 巻原発が建設されるか否かは、巻町にとって、また、町民にとって、きわめて重大なことであり、『住民投票』は、町民のみなさん、一人ひとりに賛否の意思表示の場を提供し、住民の意思を明らかにし、民意をもって、民主的な行政を実現する為に実施するものであります。

1.「住民投票の意義」について
 地方自治にあって、きわめて重大な決断を必要とする場合、主権者であります町民自らの判断を仰ぐことは当然であり、町民総意で将来の道を選択する必要があります。

2.「町民選択」について
 町民のみなさんは、巻原発の問題について十分な情報を得て、知識を養い、勉強してまいりました。また、27年間という長い時間をかけて、考えてきております。
 熟慮の結果、一人ひとりが原発建設に関し、十分な判断力がそなわっていると考えられます。従いまして、町民のみなさんは、適確な判断をされると確信しております。

3.「住民投票の結果」について
 主権者であります町民自らが、十分な判断力を持って示されました結論は、絶対といっていいほどの効力があります。
 賛成多数であれば建設の方向に向かい、反対多数であれば町有地を売却せず、建設は不可能になることは当然であります。
 主権者自らの判断が下された以上、今後の行政にあっては町長、議会もまた、その結論を重く受け止め、その意思に従っていかなければなりません。
 以上、「住民投票」についての考え方を申し述べてまいりましたが、町の方向を決めるとても大切な「住民投票」であります。
巻町民のみなさん!
 必ず、住民投票に出かけて1票を投じて下さい。
巻町の将来は、巻町民、みんなで決めて下さい。
平成8年7月25日(住民投票告示月)

巻町長 笹口孝明
 
〔投票結果〕
有権者総数  2万3222人
投票総数  2万503票(投票率88.29%)
反対 1万2478票(全投票の60.85%)有権者総数の53.73%
賛成  7904票(全投票の38.55%)有権者総数の34.04%
無効ほか 121票(全投票の0.59%)
 
(今井 一 著 「住民投票−観客民主主義を超えて−」
岩波新書刊より抜粋)